こんなに美しいホラー映画ある?ってくらい美しい北欧フィンランドを舞台に、ゾッとするくらい残酷な母娘関係を描いたボディ・ホラー映画があります。ラストまで、ゾッとするくらい美しかった・・・。
『ハッチングー孵化ー』(2022年)
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ストーリー
北欧フィンランド。
12歳の少女ティンヤは、完璧で幸せな自身の家族の動画を世界へ発信することに
夢中な母親を喜ばすために全てを我慢し自分を抑え、
新体操の大会優勝を目指す日々を送っていた。
ある夜、ティンヤは森で奇妙な卵を見つける。
家族に秘密にしながら、その卵を自分のベッドで温めるティンヤ。
やがて卵は大きくなりはじめ、遂には孵化する。
卵から生まれた‘それ’は、幸福な家族の仮面を剥ぎ取っていく・・・。
1.毒母による娘支配は果てしなくどこまでも深い
本作を通して、母親にとって娘は自分の生き写しであり、一心同体。だからこそ自分の人生を生き直す唯一の存在にもなり得てしまうという「残酷な母娘関係」こそ、ボディ・ホラー映画で描くにはうってつけのテーマだなと感じました。
本作に登場する疑う余地のない「毒母」の存在感が圧倒的に大きすぎて、まるでこの母親の欲望を満たすためにお膳立てされた「舞台」のような家族に見えます。この母親、見ていて「痛い」。12歳の娘ティンやよりも自分自身が「お姫様」「ヒロイン」なのです。
なぜかといえば、身体的には大人でも精神的には自立できておらず、自分が叶えられなかった夢を娘に重ね、思い通りにしようと支配するのが、毒親の特徴です。一方で、毒親の親もまた毒親、つまりは世代間連鎖の犠牲者である場合が多いのがまた哀しい・・・。
2.母娘の愛憎と執着というホラー
「毒親」という表現は、母親を指すことがほとんどで、母から娘へ、という場合が多いのも、うなづけます。女性は女性特有の身体変化(生理痛、毎月のホルモン変化によるさまざまな症状)を常に感じながら生きているので、身体レベルで娘の痛みが理解できます。自分が受けてきたのと同じ、ルックスや振る舞いなど「女らしく育てなければならない」という呪縛で娘を縛り、娘に自分を重ねる(同一化する)のです。父息子関係にはない、激しい「愛憎」と「執着」が母娘関係に存在する気がします。
本作では、母親の満たされない承認欲求をSNS発信や、自分の夢を娘に叶えさせることで満たそうとする不毛さこそがホラー。母親に愛されようと我慢と努力を重ねても重ねても愛されない絶望こそがホラー。自分が育てたモンスターがどんどん変容しコントロール不能な危うさこそがホラー。いろんなホラーがミックスされてるわ~と、何度でも噛みしめて変化を味わえるボディ・ホラー映画といえます。
3.教育虐待がもたらす摂食障害という代償
孵化した鳥を自分の吐瀉物を与えて育てるティンや。身体がめっちゃ細いのに嘔吐する姿は、接触障害を彷彿とさせます。ハンナ・べルイホルム監督も、摂食障害が本作の裏テーマにあるようなことをインタビューで語っていました。
医者、看護師、教師の娘に、摂食障害が異常に多いです。世話する、管理する、教育する、という行為には、必ず「加害」「支配」の側面があります。「善かれと思って」「あなたのためを思って」という善意や正義による支配は、相手を黙らせ従わせる圧倒的な破壊力があるのです。
人間をコントロールする職業の母親は、娘のコントロールをことごとく奪います。コントロールや自己決定権を奪われた娘は、自分のコントロールを取り戻す唯一の手段として、「食べること」「体重」「身体の見た目」のコントロール、つまり摂食障害というサバイバルスキルを選び、自分自身を保とうとしているのではないか、と思うのです。単なる自己破壊行動ではなく、コントロールを取り戻すための対処行動なんじゃないだろうか。
看護大学時代の同級生は、本人も妹も拒食症で母親は教師でしたが、「母娘関係が原因という説があるけど心外だ」と嘆いていました。全部が全部そうだとは断定できないけれど、彼女の話を聞いていると「母親の呪縛」がとても強そうな印象が拭えませんでした。彼女に対する母親の執着や期待が半端ないのです。母親のことは愛しているけれど逃げ出したいという両価的な感情に苦しみ葛藤していたんだろう、といまは思います。
母親って、娘は自分とは別の人格であり一人の人間であることを見失いやすい生き物です。「一人の人間として尊重できるか」「娘を信頼して見守ることができるか」が、母親と毒親との境目な気がします。
私も看護師ですが、前置胎盤の早産だったので自分が出血多量で死ぬかこの子が生まれずに死ぬか、みたいな壮絶な出産を体験しているので、娘に対する自分自身のあり方に、常に自覚的でいないといけないな・・・と、自分を戒めてくれる映画でした。少しの距離感を保ちつつ、自分は自分で人生を思い切り楽しむ、みたいな肩の力の抜き方がちょうどいいのかも。