飛紅真の手紙

フェミニストで精神看護専門看護師ブロガー、自然、アート、社会問題を綴る。

性暴力とトラウマインフォームドケア

ジャニー喜多川氏による性虐待や、家庭内での性虐待など、勇気ある告発をされた当事者たちは一様に何らかのトラウマ症状に苦しみ、いまでも治療を続けている方がほとんど。

彼らの苦しみを目の当たりにして、性暴力のトラウマ、特に小児期にトラウマを負うことが、いかに人間に甚大な影響を及ぼすか、思い知らされたのではないかと思います。

自分や周囲の人にトラウマの影響がないかどうかを考えることは、もはやこの社会で生きる上で欠かせない必須事項だと思うのです。是非、義務教育に取り入れるべきと考えています。

 

1.見えにくく、語られにくいトラウマ

 トラウマは、身体の傷口のように目には見えず、自発的に語られることが少ないので、周囲が気づきにくいものです。頭では「出来事があった」と認識しながらも、脳は生々しいトラウマ記憶を処理しきれないことで、本人ですらトラウマに気づかないことがあります。

日常生活のさまざまなリマインダー(過去のトラウマを思い出させるきっかけ)によって、いつフラッシュバックが起こるかわからない不安を生き抜くには、「感じない(感情麻痺)、考えない(解離)、近づかない(回避)」ようにしてやり過ごすしかないのです。

トラウマの苦痛を一瞬でも忘れるために、自傷行為や自分を傷つける無防備な性行為、アルコールや薬物に頼ることもあります。こうしたトラウマ反応は、本人にとってはまさに「生き延びる術」なのです。 

トラウマの三角形を理解しよう

.「トラウマのめがね」で見みてみよう

周囲は、トラウマ反応を、「問題行動」とみなしたり、「だから被害に遭ったのだ」と本人の性格のせいにしがちです。

さらに、「そんなことが起こるはずがない(否認)」、「元気そうだから大したことはない(過小評価)」と考え、叱責・禁止・放置することによって、周囲の誤った対応がリマインダーとなって過去のトラウマを思い出し、不安や恐怖、パニックに陥る「再トラウマ」を引き起こします。「誰にもわかってもらえない」といった不信感や絶望感から、孤立を強めます。

心身の不調や不安定な行動があるとき、「何が起きているのだろう?」「もしかしたらトラウマの影響かも?」と、本人と周囲が「トラウマのめがね」をかけて一緒に探っていくことで、トラウマを見える化することができます。より安全にトラウマに対処し、再トラウマを予防することができます。

背後にトラウマがあるかもしれないと念頭に置き、トラウマに配慮した対応をすることを「トラウマインフォームドケア(TIC)」といいます。

トラウマインフォームドケアを実践する4つのR

.子どもへの性虐待を「トラウマのめがね」で見てみると・・・

当たり前に性虐待が起きている環境で育つ子どもにとっては、性虐待は非日常ではなく日常的な体験です。発達途上の子どもには、それが「性的バウンダリー(境界線)の侵害体験」だとは認識できず、苦痛や恐怖よりも戸惑いや「性的価値観の混乱」が起こります。立場の弱い子どもにとっては断る選択肢も逃げ場もなく、性虐待に順応していくしか生き延びる方法がありません。

子どもに現れる、過度な距離の近さ、性的に明け透けな言動、思春期以降の自暴自棄なリスクの高い性行動や売春行為などは、「トラウマのめがね」で見れば、道徳観の欠如によるものではなく、本人なりに習得した「人とのかかわり方」であり、トラウマを生き延びたことでの影響と考えることもできます。

 

4.小児期逆境体験(ACEs)の影響に気づこう

子どもが生きる上で欠かせない安心・安全が脅かされる環境は「逆境」となります。18歳以下の逆境体験は、生涯にわたり心身に甚大な影響を及ぼします。

さまざまな種類の小児期逆境体験(ACEs)項目を重ねると、心身の有病率が高まり、早期死亡につながります。小児期逆境体験(ACEs)項目が4つ以上該当で自殺リスクが12倍、6つ以上該当で寿命が20年近く短縮するとも指摘されています。

トラウマ症状の対処としての自傷行為や摂食障害、ギャンブル、飲酒や薬物摂取が習慣化すると、「アディクション(依存)」の問題を抱えやすくなり、非行や犯罪などの社会問題にもつながります。

小児期逆境体験(ACEs)

 

5.トラウマインフォームドケアはすべての人にできること

トラウマインフォームドケアは、トラウマ体験を無理に聞き出そうとするものではなく、一部の人だけに提供する特別なケアではありません。

誰がどのようなトラウマを抱えているかわからないため、「すべての人にトラウマの影響があるかもしれない」ことを念頭に置いて配慮しよう、という考え方です。

安心して話せる関係性の中で、本人がリマインダーやトラウマ反応を理解し、安全にトラウマに対処する力を身につけることで、心的外傷後成長(PTG)やトラウマの回復につながっていきます。本人を理解しようとする周囲の姿勢は、大きな回復への動機づけになります。

トラウマを決してタブー視することなく、「トラウマのめがね」をかけて見ようとする、人の痛みに想像力を働かせることのできる社会であってほしいと願います。

 

6.トラウマインフォームドケアを学び実践するための本

1)野坂祐子著:『トラウマインフォームドケア “問題行動“を捉えなおす援助の視点』

一般の人でも専門家でもストンと落ちる、素晴らしいの一言。野坂先生のご講演も聞きましたが、実践と研究を統合した含蓄の富んだ知見が詰まっています。

 

2)亀岡智美著:『実践トラウマインフォームドケア さまざまな領域での展開』

トラウマインフォームドケアを日本に紹介して下さり、「トラウマの三角形モデル」の提唱により、トラウマとその影響を一目瞭然に示した精神科医の編著。