飛紅真の手紙

フェミニストの精神看護専門看護師ブロガーが、自然、アート、社会問題を綴る。

なぜ性暴力はもっともトラウマになりやすいのか

性暴力について学び始めた頃、居ても立っても居られない気持ちになったのが、「性暴力はもっともトラウマになりやすい」「何度も再被害に遭う」ということ。なぜ性暴力被害の当事者がそこまで苦しみ続けねばならないのか?

性暴力は「魂の殺人」と言われて久しいけれど、それはどうしてなのか?ちゃんと自分の言葉で説明できるようになりたいと思っていました。これまでの学びから私の理解をまとめておきたいと思います。

 

1.トラウマは「生き延びる術」でも「生きづらさ」でもあ

 トラウマ=「心の傷」とは、あまりに衝撃的すぎるため「言葉を失う」体験です。「ああ怖かった~」「トラウマになっちゃってさ~」とたやすく語れるレベルではなく、圧倒的な恐怖感、なすすべがなく逃げようのない絶望感、生きた心地がしない戦慄的な体験です。戦争、犯罪、事故、災害などの非日常体験だけでなく、虐待や家庭内暴力(DV)、いじめなど長期に繰り返される体験もトラウマになります。

強烈すぎる体験は一度に処理することが難しく、そのときの五感、感情、認知、思考が丸ごと脳に冷凍保存されるので、「覚えていない」「言葉になりにくい」という性質があります。

何かの引き金でトラウマ記憶が氷解する(溶け出す)と、まるでいま起きているかのように生々しく再現され、強い苦痛を伴います。トラウマ記憶は、忘れることで再び心が傷つくのを防ぎ、次なる危機に早く気づく「生き延びるための心の仕組み」ですが、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になるなど心身や対人関係に多大な影響を与え、生きづらさをもたらします。

 

2.性暴力がもっともトラウマになりやすい理由

性暴力は、男女ともにPTSDの発症率がもっとも高い深刻なトラウマ体験であることがわかっています。


なぜなのでしょうか?

性暴力はPTSD発症因子である①外傷的事件にさらされる期間②距離の近さ③強さ、3点すべてを満たすからです。性暴力は加害者との物理的距離が非常に近く、身体への侵襲が長く続きます。軍事心理学の観点からも、戦争における殺人に対する兵士の抵抗感が相手との距離によって大きく変わりますが、性的距離は格闘距離や刺殺距離と比べても精神的侵襲がとりわけ著しいとされています。

五感としてトラウマ記憶が刻まれるということは、自分の身体がフラッシュバックの引き金になるということです。それは、自分の身体から逃れることできないということであり、人にとって自分の身体という最も安心できる空間すらも奪われる体験なのです。

性的な体験は人間にとってもっともプライベートなことであり、被害によって「わいせつな存在になってしまった」「汚れてしまった」といった恥辱感や屈辱感が深く刻まれます。「自分の身体が憎い」「自分なんて価値がない存在」と、自己価値観を感じられなくなり、性暴力被害を受けた当事者に自傷*1や自殺企図、「それが自分に起きていることではない」ように意識を切り離す「解離」が多いのは自分の身体から逃れたい気持ちからだとも考えられます。

また、性暴力を受けると「逃げられなかった自分が悪い」*2といった誤った思い込みによって自責感を強めます(悪いのは加害者なのです・・・!)。周囲の無理解による二次被害を恐れ、身近な人にこそ知られたくないという心理が働くので、被害を打ち明けにくく、そもそも「覚えていないので語れない」ことで治療や支援につながらず、トラウマからの回復を妨げます。

 

3.性暴力はなぜ再被害が多いのか

性暴力被害に遭った人が再被害に遭いやすいこともわかっています(被害を受けた人の3分の2は再被害を体験しているとされる)。

「自分には価値がない」という思い込みや「被害を上書きしたい」「被害じゃなかったと思いたい」ために、自らリスクの高い性行為を起こし再被害をまねく「トラウマの再演」を起こすこともあります。

また、小児期に性虐待を受けた人は「解離」を日常的に起こしやすく*3、「この人は拒めないだろう」と、常に標的を探している加害者に見つけられやすくなってしまいます。

家庭や学校、職場など立場が上の人から被害の場合、「逃げても無駄」と諦めてしまい、加害者に従順になる「友好」「迎合」を示すため被害が常態化し、「トラウマティック・ボンディング(外傷的絆)」が形成され、ますます加害者の支配から抜け出せなくなります。これは、「性虐待順応症候群」といわれる生き延びるための当然の反応であり、「ストックホルム症候群」とも考えることができます。

 

4.性暴力のトラウマからの回復

 トラウマからの回復は自分自身を取り戻すプロセスともいわれます。過去のトラウマ体験は変えることはできませんが、「いま」を変えることはできます。トラウマを抱えた後には、自分の苦しみに名前をつけ、安全な人とのつながりの中でトラウマを語れるようになることで少しずつ生きづらさが減っていきます。回復には周囲の理解や協力が不可欠です。

一方で、性暴力を受けた当事者同士でつながり、声を上げて社会を変えていくような驚くべき「レジリエンス(困難を乗り越える力)」を発揮することもたくさんあります。2017年から世界中で巻き起こった「#Me Too」運動や、日本の「フラワーデモ」などによって刑法改正に結び付いたこと、2023年に「ジャニー喜多川氏による性虐待」で男性の性被害が社会に認知されたことなどが最たる例であり、当事者による告発や自伝本の出版など、勇気の連鎖はまだまだ途絶えることはないでしょう。

トラウマによって人間が成長していく心的外傷後成長(Posttraumatic Growth:PTG)についての研究も増えてきました。人間にこんなにも強いのだということを、私たちに教えてくれます。

トラウマを抱えた人は、決して「不幸な人」「かわいそうな人」ではありません。「傷つきを抱えながらも生き延びてきた人」「乗り越える力をもった人」「輝きをもった人」なのです。

 

5.トラウマを理解するための本

トラウマについて理解を深める本を紹介します。どれも絶対に失敗がなく、当事者にも支援者にも必携と胸を張って言える大好きな本3冊です。

宮地尚子著 『トラウマ』

トラウマ研究の第一人者(精神科医)による本ですが、厚みのある臨床経験に裏打ちされた解説も多く、専門知識に偏りすぎず非常に理解が深まります ↓ ↓ ↓

「環状島」の考え方は身近で支える人や支援者には不可欠で私の大好きな考え方です。

トラウマ (岩波新書)

 

白川美也子著 『赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア』

自身も性暴力被害の当事者である精神科医による、当事者の心理教育にも活用できる本です。物語仕立てで読みやすいです。

赤ずきんとオオカミのトラウマ・ケア

 

白川美也子著 『トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること』

同じ著者ですが、トラウマ症状が起こるメカニズムやさまざまな治療法やセルフケアについて詳しく解説している本です。

トラウマのことがわかる本 生きづらさを軽くするためにできること (健康ライブラリーイラスト版)

*1:自傷行為はトラウマ反応の一つの自己破壊行動であり、自傷時にはβ-エンドルフィン、エンケファリンといった脳内麻薬が放出されるので、自傷には激しい感情を麻痺させる「心の痛みの緩和効果」がある。逆に、解離を起こしやすい人が、生きている感覚を得るために覚醒度を上げようとして自傷する場合もある。

*2:被害中~被害直後は、最悪の事態(殺害・重症・妊娠)を避けようと人間の生存本能である「凍りつき(凍結反応)」が発動して心身が動かなくなるので、逃げられないのは当然。

*3:相談やカウンセリングに訪れた人が被害を語るとき、しばしば解離を引き起こすが、解離しっぱなしで帰宅させるのは交通事故や再被害のリスクが高まり大変危険なので、グラウンディング(“いまここは安全である“こと確認するため外界や五感に意識を向ける簡単なワーク)をして現実に戻ってから帰宅してもらうことがとても大事。