飛紅真の手紙

フェミニストの精神看護専門看護師ブロガーが、自然、アート、社会問題を綴る。

1300年受け継がれる世界最古の温泉宿ギネス記録をもつ「西山温泉慶雲館」に泊まってみた。

FC2ブログから引っ越してきて、ブログをリニューアル。日々考えていることをストックしたいと思います!

 

この歳になって、「継続すること」「後世に受け継ぐ」こと、つまりは「歴史をつくる」ことがいかに大変で価値あることか、子どもの頃よりも、何倍も実感できるようになった気がします。

 

京都や奈良の修学旅行で“歴史的建造物”“国宝“を見ても、学校で日本史や世界史の授業を聞いても、それがどれだけ価値があることなのか、わかっていなかったように思うんです。

 

幾度となく失う危機が訪れ、必死で守り抜いてきた人たちがいたこと、受け継ぐために人生を犠牲にした人たちがいたこと・・・

 

背景にある「物語」を知ること考えることが好きなんだ、と気づきました。

 

今回、「後世に受け継ぐ」ということを考えるきっかけにしてくれたのが、山梨県は日本一人口密度が少ない早川町にある西山温泉 慶雲館。

ここ早川町が大好きな私は、日帰り入浴では訪れたことがあるものの、宿泊するのは初めて。いわゆる高級旅館の部類に入ります。

 

なんと創業は奈良時代。

西暦705年(慶雲2年)なので、1300年もの長きにわたり継承されてきた温泉宿なのです。2011年にはギネス世界記録「世界で最も古い歴史を持つ宿」に認定されました。

 

そんな温泉宿が令和の日本に残っていて、こうして宿泊できるのも、源泉と温泉宿を大切に守り抜いてきた地元に人々や代々の経営者たちがいたから。

慶雲館は日本の1000年企業の中で3番目に古い企業だそう。

「奥山梨」とか秘境と呼ばれる南アルプスの山懐と早川沿い位置する「秘湯」の宿命といってもいい、厳しい自然環境に翻弄された歴史でもあったのでしょう。

 

上流の西山ダムができる以前の早川では大水害が度重なり、土倉ごと流され歴史的資料も集出してしまり、落石や大火災で建物が流されたり壊れたり、その度に改装を繰り返す・・・という苦難の歴史があったようです。

 

実際、これだけギネス級に歴史が長い温泉宿なのに、歴史的資料が展示されていないことが不思議でしたが、もはや水害で残されていないということなのでしょうか。

歴史こそが慶雲館の最も大きな付加価値だと私は考えるのですが、せめて地元の資料館などで保存されていれば…とも思ったり、勿体なさが否めません・・・!!

ですが、これが厳しい自然と共に存在し続けるということなのかもしれません。

 

 

唯一みることができた展示品は、ロビーに展示されていたこれだけ。


室町時代、1546年(天文15年)に武田信玄の家臣が慶雲館の守護神である湯王大権現に奉納した「銅羅(どら)」。

こうした歴史からも、武田信玄公も湯治に来ていただけでなく、徳川家康公も2度に渡り入湯に訪れたりと、知る人ぞ知る山奥の湯治場だったことがうかがえます。

 

驚いたのが、全館とことん源泉掛け流し、という段違い。

源泉かけ流しといえる温泉旅館は全国でも1%程度の中、館内6種類の大浴場や野天風呂にとどまらず、客室の風呂やシャワー、蛇口から出る水もすべて加温・加水なしの源泉かけ流し!ここまでとことん源泉かけ流しなのは日本で唯一慶雲館だけなのだそう。

 

先代が開湯1300年アニバーサリーで掘り当てた自噴泉が大当たり。ものすごい湯量となり、慶雲館の源泉かけ流しのレベルはパワーアップしたからなんですね。自噴泉を一発で掘り当てるなんて、鳥肌が立ったのは私だけでしょうか?

「持ってる」としか思えない・・・

間違いなく湯王大権現に守られていますよね・・・

 

 

「ザーーー」「ゴーー」

部屋からは早川を見下ろせます。すごい川音です。もはや川音しか聞こえない。他にも宿泊客がいるはずなのに、本当に静かな温泉宿でした。大自然の中にある(大自然が主役)温泉宿なのだということを感じる瞬間です。

夕方に真っ暗な山道をドキドキしながら運転して到着したのですが、「鹿が道路に出てこなかったのは奇跡ですね」と宿の方がおっしゃっていました(笑)。

 


どうしても、慶雲館の歴史をもっと知りたい!!

という思いから、自宅に帰宅してからいろいろと調べてみました。

 

1970年代までは山梨県や静岡県の農民が食料を持参してじっくり湯治する「自炊湯治」の宿だったそう。今ほどに全国的な知名度もなかった。

湯治客は全国的に年々減っていく中、湯治宿ではやっていけないと判断した先代社長は、巨額の投資をして1997年に現在の形である観光旅館として舵を切り、掘り当てた新たな自噴泉も加わって、源泉かけ流しのレベルがますますパワーアップ。

2011年にはギネス認定を受け、海外でも知られる世界最古の温泉宿になったそうです。

負債の重さや後継者の不在など分岐点に差し掛かり、先代の判断で2017年に会社分割して新会社に事業譲渡。1300年あまり代々創業一家によって営んだ温泉宿を、30年以上勤めてきた社員である現社長に53代目を譲ることに。これまた、思い切った意思決定。

 

コロナ禍で旅行・インバウンド産業の危機に直面しても、35室を27室に減らし食事会場に充てたり、経費削減して赤字から黒字回復しているそうです。

確かに、夕・朝食に通された食事会場はそれまで客室として使わていた10畳の和室で、個室感覚で贅沢に使用させてもらえました。部屋のトイレにすぐに行けたり、子どもが大騒ぎしてもストレスフリーで本当にありがたかったです!(料理の部屋出しは、就寝まで料理の匂いが残るので個人的には好きではない)

感染対策の一環とはいえ、このおもてなし感は格別です!コロナ終息後も食事の際の個室提供があったら嬉しいと宿泊客目線で思ってしまいます。

 

先代の大胆な経営判断がなければ、全国からも海外からもこぞって訪れたいと願う現在の慶雲館はなかったかもしれません。

そして、リニア中央新幹線の工事が早川町で進められています。

全国からのアクセスが高まる将来、辿り着くだけでも困難な秘境の温泉宿である慶雲館は、より身近な温泉宿になるのかもしれません。いつまでも秘湯のままであってほしいような、喪失感を禁じ得ないのは私だけでしょうか・・・

 

「何としても慶雲館を次の世代に継承していく」という信念は曲げない。けれども、歴史や伝統の上にあぐらをかくのではなく、時代の流れを見て身の振り方を変え続ける。

芯があるのにしなやかなあり方。何が起こるかわからない不確かな時代に、歴史や信用に裏打ちされた確かなものって憧れます。組織のあり方としても、変革者のあり方としても学ぶべきものが多い温泉宿。


温泉に浸かって、そして1300年の歴史に思いを馳せて、宿泊客の私ですら誇らしい気持ちになるという。

「慶雲館を常宿にしたいな・・・」と思わずつぶやいていました。

来年も泊まることを目標にして。

 

慶雲館の現社長の貴重なインタビューが読めます↓↓↓

1000年続く3つの企業の一つとして紹介されており、なぜ1000年続いたのか独自に分析もされています。1000年企業は6社あり、うち3社が温泉旅館。そのうち最も古いのが慶雲館なんだそう。

 

慶雲館の歴史が垣間見える記事はこちら!!

世界最古「甲斐の秘湯」はなぜ1300年続いたのか:日経ビジネス電子版

 

ではまた!飛紅真の手紙でした。