飛紅真の手紙

フェミニストの精神看護専門看護師ブロガーが、自然、アート、社会問題を綴る。

「女性とはこういうもの」と女性を自縛し苦しめているセルフスティグマ

私たちの暮らす日本で、女性たちの「セルフスティグマ」はいまだに根深いと思います。

「セルフスティグマ」は、自らに烙印を押すこと。スティグマを内面化すること。烙印って、昔でいう罪人や奴隷、家畜などに押された焼印が語源。

人種差別、障がい者者別など、差別とセルフスティグマはいつだってセット。差別がないところにセルフスティグマは生まれません。

 

1.女性たちのセルフスティグマ

「女が意見してもまともに取り合ってくれない」とか

「女はいつも身綺麗にしていて当然」とか

「仕事したくないから専業主婦になろうかな」とか

「妻が家事しなきゃこの家が回らない」とか

「出産したら(介護が必要になったら)妻が休暇を取って仕事もセーブ」とか

「レイプされたのは私が悪いから」とか

 

女性が、

「女は○○じゃなきゃ」

「△△なんて女らしくない」

「女が○○なんてはしたない」

みたいに、女性が自分自身にかけている「呪いの言葉」って今でも本っ当に多い。

いろいろなことを諦めて我慢するための自縛であり、女性が日本という社会で生き抜くための必要悪なのかもしれません。

もっと恐ろしいのは、女性自身が意識していないということ。

社会から、文化から、そして世代間で呪いをかけ続けられてきたのでしょう。

そして、この呪いはカルトの洗脳に似ている。

脱会/脱出を手伝ってくれる人がいたとしても、最終的には女性自身で解かなければいけないと私は思うのです。

 

 

2.看護職のセルフスティグマ

私は看護職で女性が9割という特殊な職場環境で働いてきました。

他の職種に比べ、女性の昇進や育休や時短の取得率はかなり高い。

夜勤や長時間労働のため家事や育児は夫との分担、親の協力がなければ不可能に近い。この点では、他の職種よりも男女差を感じることは少ない。

一方で、この特殊な職場環境が災いして、高賃金に見える看護職も、女性のライフステージに伴う離職や転職などが多いことで、看護職は他の職種よりも賃金カーブが低く、むしろ追い越されてしまいます。

基本給は決して高くはないので夜勤料があることで高賃金に見えているとも言えます。看護大学の授業で聞いた賃金カーブは、いまだに変わっていません。

それでも、看護職の女性は疑問の声をなかなか上げない。

自己犠牲なのか、政治に関心が低いのか、適正な賃金体系を知らない(知ろうとしない)のか、「こんなもの」と諦めてしまっているのか。

 

私自身、結婚や出産で感じた生きづらさはピークに。

「女性」のあり方を考え続けてきたタチなので、夫と「家事・育児はすべて分担」という結婚における男女平等の権利を誓い合いました(笑)。

それでも出産による心身の負担は想像以上。

長男の出産時は、

「昔は産休だけですぐに復帰した」

「あなたはキャリアウーマンなんだから早く復帰するのよね」

という当時の上司からの期待という名の圧がありました。

「居づらくならないように早く復帰しなきゃ」「仕事を優先するのがプロ」と、

自分を追い込み、管理職1年目だったこともあり、「管理職はスタッフよりも早く育休から復帰しなきゃ」と自縛していました。

遠慮がちに8ヶ月間の育休を取得し、復帰しましたが、激しく後悔。

育休は当然の権利、仕事は調整できたはずだし、何より今しかない育児期間を集中して楽しみたい、と願っていたはずなのに、愚かだった自分をいまでも悔やんでいます。

 

働く女性のセルフスティグマも根深い。

早く職場復帰したい人、最低1年間は育児を楽しみたい・集中したい人さまざまなのに。

マタハラとまでは言いたくはないですが、自分を犠牲にして働いてきた先輩女性たちの有言・無言の圧力は絶大です。恐らく無自覚なのでしょう。

 

 

3.母親のセルフスティグマ

長女は妊娠5ヶ月で前置胎盤と切迫早産で入院してしまい、2度目の多量出血でそのまま8ヶ月で早産に至るという壮絶な妊娠・出産を経験した。

自分が出血多量で死ぬか、長女に万が一のことがあるか、後遺症が残るか・・・

毎日精神的に崖っぷちでした。

出産後すぐに長女はドクターヘリで別の病院のNICUに入院したため、私は退院の翌日から毎日母乳を絞って面会に行く毎日。とにかく必死でした。

長男の通う幼稚園教諭の「こんなに協力的な旦那さんはいませんよ!旦那さんに感謝ですね」という言葉に毎回地味に傷つく私。

夫が褒められているのに何で?と思われるかもしれないが、壮絶な妊娠・出産に向き合う母への労いはなく、「もっと早く迎えに来られませんか?」と追い打ちをかける言葉はあの時の私にはこたえました。

幼稚園教諭は、母不在で寂しい思いをしている長男の身になってくれたのでしょうが、疲れ切ってむやみに自分を責めていた私には傷口に塩でした。

そして、

「女は母親として頑張って当たり前?もっともっと頑張らなければいけないの?父親だけが特別なことのように褒め称えられるのっておかしい!」

「あなたも同じ女だよね?母親だよね?」と疑問や怒りを抑え込んでいました。

 

 

4.女性たちが守りたいもの手放したいもの

女性たちが自分で自分を縛って生きづらくしているのかもしれない。

女性たちは何を守っているのでしょう?母親の役割?家庭での立場?女としてのプライド?私は守りたいものなんてありません。

男性にも社会にも一緒に抱えてもらいたい。もっと楽に生きたいだけなんです。

 

小学校に上がった長男の宿題に、「家の仕事は誰が何を分担しているのか?」を書かせるというものがありました。

包み隠さず家庭で見たままを書いた長男。二者懇談で、担任の先生から「飛紅真さんのところはすばらしいですね!お父さんもお母さんもここまできっちり分担しているなんて!今どきの人は違いますね」と、褒められたのです。

担任の言葉に私は「え!?うちが?」「ほかの家庭は違うの?」と内心びっくりしていました。

 

どれだけ女性が家事も育児もおまけに仕事まで担えば気が済むんだろう?

大都市であればもっと違うと思いたいけれど、ちょっと地方にいけばもうこんな状態。この状況、女性たちが平気なわけないです。

声も上げず耐えているだけ。だけれど変えられない、変わらない。

 

30代以下の男性たちの考え方は、「共働きが当たり前」にシフトしてきている。

女性たちが家庭から社会に出るということは、必然的に率先してもっともっと守ってきたものを手放し、自分を縛ってきたものを解かなきゃ、とてもじゃないけどやってられません。

 

私は家庭のなかで「これは母親がやるべき」「これは父親がやるべき」と線を引くべきではないと思っています。

離婚や死別でシングルになる可能性だってあるし、同性親のステップファミリーだってある。

一人で何でもできるようになる必要はない。

男女で線引きする必要はないし、得意なことを分担したり、子どもにも分担させたり、外注したっていい。

 

要するに、社会が女性に乗っかる(フリーライド=タダ乗り)のはやめにするけれど、女性も社会に乗っかるのはやめにしょう(自立しましょう)と言いたい。

自由を求めれば責任も生まれる。

自立には痛みが伴う。

でも、きっと産みの苦しみや女性であることの苦しみを何千年も耐え忍んできた女性なら乗り越えられるはず。

 

男性や社会に対して、「NO!」というより「一緒に!」と言い続けたいです。

 

 

すべての人に知っておいてほしい「女」が自分らしく生きていくということ。

ずっと昔から、出産から介護まで、女性たちの献身という名の犠牲がありました。

もうそんな時代じゃないよ。

いつか長男、長女に読んでほしいと思っています。

どの世代にも胸に響く。ってか痛いとこ突かれます(笑)↓ ↓ ↓