飛紅真の手紙

フェミニストで精神看護専門看護師ブロガー、自然、アート、社会問題を綴る。

精神科病院という負の遺産をぶっ壊したい

私がなぜ民間の精神科病院で働き続けるのか。それは、「負の遺産」である精神科病院に依存した精神医療をぶっ壊したいからです。

 

1.民間精神科病院で成り立っている日本の精神医療の現状

日本は、精神病床数(精神科のベッド数)は世界一多く、長期入院も世界一多い、ものすごく異常な国です。

日本には1052もの精神科病院がありますが、その9割が民間病院という世界でも稀な国なので(諸外国は9割が国公立)、

黒字経営=ベッドを満床にすること

をどうしたって目指すのです。民間企業が利益至上主義に偏るのは当然と言えば当然。ベッドが空いたら赤字になるので、どの病院も退院支援に力を入れないのです。

日本は社会防衛のために1960年代に税金で民間精神科病院を大量生産し、精神障がい者を社会から隔離する民間精神病院ブームを起こしました。

医師は一般病院の1/3、看護師・准看護師は2/3の人員配置でよいとする医療法の精神科特例を作ってまで、民間精神科病院を大量生産することで、民間に丸投げしてきたのです。いまでもこのスタンスを全く変えようとしませんね。

日本は2004年に「入院医療中心から地域生活中心へ」というビジョンを掲げ、ダウンサイジング(精神病床数を減らす)を促しましたが、それに応じるのは1割の国公立病院ばかり。ベッドをどんなに減らして純利益が減っても税金で赤字を補填できるので、病院はつぶれることはないし、職員も路頭に迷うこともないのだから、国公立はそれができて当然なのです。

結局減ったのは33万床から29万床、たった4万床減っただけという状況。慢性的な人手不足の安上がりな入院医療では当然、人権を無視した劣悪な療養環境となり、医療従事者による虐待も多発します。2023年2月に暴行容疑で看護師・准看護師が逮捕される滝山病院事件が起こりましたが、民間に丸投げの精神医療のビジネスモデルは現在も全く変わっていないのです。

1つの病棟に50~60人もの入院患者を看護師一人で1晩看るという状況を想像してみてください。看護師1人(ひどいときには准看護師)と無資格の看護助手1人で夕方から朝まで看護するのです。交代で1人が3~4時間の仮眠に入るので、その間はたった1人で病棟にいることになります。長期入院患者の高齢化で身体管理が必要なことも多く、何が起こってもおかしくありません。

この状態を日本中でずっと許容し続けています。医療従事者に「虐待するな」といって、やれ「倫理観を高める倫理研修をせよ」「虐待通報を義務付ける」と精神保健福祉法を改正して締め付けばかりを強くしますが、肝心の薄利多売の民間精神科病院依存のビジネスモデルを全く変えようとしないのが日本という国です。

これでは当事者が安心して精神科病院に入院などできません。なぜなら一度入ったらなかなか出られない、虐待などの人権侵害を受けるリスクに身を置くことになるからです。

 

2.なぜ私は民間精神科病院で働くのか

新卒から精神科病院で精神科看護師として働き十数年が経ちました。私の精神科臨床の基礎は、新卒で務めた民間の総合病院急性期閉鎖病棟での6年間。なぜ民間を選んだかというと、公立の精神科病院では「一般診療科を最低5年経験しなければいきなり精神科には就職させない」という意味不明なローカルルールが存在していました。

精神科以外では看護はしない!と決めていたので、新卒から精神科で働かせてくれる民間精神科病院を就職先に選びました。当時はそれだけの理由でした。

40年、50年と長期入院している患者から、「生きている意味が分からない」とまっすぐ問われたとき、どんな慰めの言葉も馬鹿らしくて、掛ける言葉が見つかりませんでした。自分がやっている医療は本当に患者のためになっているのか?精神科病院に閉じ込めているだけではないか?と、初めて自分の仕事を疑いました。看護師1年目にして、自分のやっていることが信じられなくなり、本当に嫌で嫌で仕方ありませんでした。

一方、保健師として訪問看護経験の長い看護師長が異動してきたことで、私は病棟勤務をしながら訪問看護に頻繁に行かせてもらうことができ、たくさんの精神障がい者が「重い症状があっても支援を受けながら地域で暮らせる」姿を見ることができ、小さな希望が芽生えました。

いまの日本に必要なのはこれだ!脱施設化だ!と目が覚める思いでした。しかし、スタッフナースの私には、先輩や医師たちを説得する材料もなければ、「看護師一人の力で精神科病院の現状は変えられない」という限界を感じていました。そして、現場を変えたい一心で精神科病院を辞めて大学院に進学し、精神看護専門看護師の資格を取得しました。

久しぶりに出した認定バッジ。精神看護専門看護師は日本看護協会の認定資格。

大学院時代は精神科特化型訪問看護ステーションで訪問看護師として働き、「これが精神科医療のあるべき姿」と、地域医療にのめり込みました。大学院を修了する際には、新設予定の訪問看護ステーションからのお誘いもいただき、臨床現場か地域医療かかなり悩みましが、「精神科病院を変えたい」という未練を捨てきれませんでした。

今度は精神看護専門看護師としてのスキルとポジションパワーを活かして、少しでも現場を変えられるのではないか、日本の精神医療を象徴する民間精神科病院にいるからこそ、内側から切実な現状を発信することができる、と。そして、「精神看護専門看護師が欲しい」と言ってくれたトップがいる現在の職場に思い切って飛び込んだのです。就職後は自分一人の部署をつくってもらい役職が与えられ、組織全体にかかわる仕事ができるようになりました。

 

3.精神科病院をぶっ壊すにはどこで働くべきか?

私は精神科病院を変えられたのか?

答えは「現在進行形」。

一人の力で大きく変えられるはずもなく、一つ一つの研修、看護部の変革、管理者の育成、委員会や会議の見直しなど、地道な取り組みの途にいます。ただ、私の信念は就職したころから愚直に言い続け、いまに至ります。

自施設の取り組みを学会で発表したり、専門誌に寄稿したり、外部講師などを通して「精神科病院を変える」ための外部に向けた発信を続けているものの、一体自分がどれだけのインパクトを与えられているのだろう…と最近は考えてしまいます。

民間精神科病院というビジネスモデルの限界にぶち当たる日々です。病棟を一つ閉鎖して病床数を減らして、訪問看護事業を提案しても、病院側は法人全体の利益を維持するためには「収益があるからベッドは減らせない」「誰がリーダーをやるのか(お前がやれという無言の圧力)」の一点張り。

高い理想を振りかざしてあれもこれもと新しいことを導入したり、研修を増やしたりして現場に無理を強いると、スタッフが「辞めます」と言い出す離職の危機とも隣り合わせです。スタッフだって生活がかかっているので、志だけでは食っていけないのです。「高い賃金でより楽な現場で働きたい」というのが本音です。

恩師の一人から「そろそろ教員をやらないか」とありがたいお声が掛かりますが、実習生を引き連れて精神科病院に行くあくまでも外野の立場になります。第一線の臨床現場にいると、「国や行政や研究者が何を言おう自分たちが一番現場を知っている」という無類の自負があります。さらに、臨床現場から離れて学術研究を繰り返したところで精神科病院の中身を何一つ変えられないのです。実効性ある研究でなければ私にやる意味はないだろうな、と最近考えます。

利益優先の組織に幻滅したり、大きな権力に屈しそうになると、「私がいる場所はここなのか?」と諦めそうになる自分がいます。けれど信念は曲げたくない。全国で活躍する精神看護専門看護師や、地域で起業する看護師たちに目を向けつつ、一体自分はどこで何ができるのか、ずっと考え続けます。