飛紅真の手紙

フェミニストの精神看護専門看護師ブロガーが、自然、アート、社会問題を綴る。

『あのこは貴族』から「都会と地方」という偏見について考える。

私は「田舎」という言葉が大嫌い。経済格差や教育格差があるのはわかりきったことなのに、それでもまだ「都会」「田舎」と出身地で優劣をつけたがる偏見が透けて見えるから。地方生まれ地方育ちの私が指摘したところで「結局は田舎者の負け惜しみ」とさらにマウントを取られどこまでも不毛です(笑)。

映画『あのこは貴族』を観て、都会に暮らす人達の中にも格差や嫉妬があるんだな~と、なんだか嫌~な気持ちになりました。麻布競馬場原作『この部屋からは東京タワーは永遠に見えない』を読んだときに感じた気持ちと同じ。タワマン文学的な皮肉に満ち溢れていました。

あのこは貴族

山内マリコ原作『あのこは貴族』

 

1.都会と地方の格差を感じるようになったきっかけ

上京経験のある両親から、「東京は田舎者の集まり」だと逆差別とも自虐ともとれる都会話を聞かされて育ちましたが、自然大好きで東京への憧れが皆無の私は「へ~そうなんだ」くらいに無関心。しかし、そんな私も都会と地方の格差を考えるようになったのは、東京に憧れて就職した大学時代のゲイ友達がきっかけでした。

ゲイ友達の暮らす東京へ何度も遊びに行って聞かされる「東京の素晴らしさ」と「田舎のひどさ」は、私のアイデンティティを否定されるようで正直気持ちのよいものではありませんでした。彼はラグジュアリーホテルが好きで、よく一緒にアフタヌーンティーやブッフェに行きました。『あのこは貴族』でも慶応大学の内部生がアフタヌーンティー5000円を注文するシーンがあって「都会あるあるなのか!」と笑えました。ゲイ友達は「地下鉄を乗り継ぐのが東京人のオシャレ」とも話していました。今思えば、彼は私にマウントを取ることで東京で生きる憂さ晴らしをしていたのかな?と思います(笑)。

メディアが都会と地方の格差を煽るのも苦手でした。「ケンミンショー」「さんま御殿」で、都会出身者と地方出身者で小競り合いをさせ視聴者に差別意識を刷り込むのはいかがなものでしょう?ウケがいい鉄板ネタなのでしょうけれど、地方出身者の自己肯定感は下がる一方で、ますます若者の東京一極集中に拍車がかかりそう。『あのこは貴族』でも、都会の裕福な階級育ちの主人公と地方出身の女性との対比を際立たせるためか、地方のどうしようもない一面だけが描写されていました。「都会か地方か」の二元論で描かれるのことにどうしてもアレルギーを起こしてしまう私。

以前一緒に働いていた女性上司は、ひどい田舎嫌悪主義者(そんな用語あるか?)でした。東京で生まれて数年生活しただけで地方生活が長いのに「お東京」と言っては“本意ではないのに地方に住んでいる”かのように吹聴したり、自宅がイオンモールに近いだけで「こっちはお町だから」とマウント取ったりと、聞いてるこっちが恥ずかしくなるわ!という具合(笑)。結局「あなたもこんな田舎の病院にいちゃダメよ!」「一度は大きな病院で働かなきゃ!」と捨て台詞を残して彼女は辞めていきました。一体どんな論理?

遠距離恋愛の末に私の地元での結婚を選んだ都会生まれ都会育ちの夫も、会話の端々で地味~に田舎差別を向けてきます。「こんな田舎に来たのは誰のせい?」とでも言いたいかのような(笑)。いま私が都会と地方の格差を感じさせる存在は、間違いなく夫です(笑)。そんな夫も結婚生活も10年経つと地方生活は板について、私よりも土地勘があるくらいです。

 

2.地方が好きなら、それでいいじゃないか

「地方が好きなんだからほっといてほしいわ!」というのが私の意見です。「都会が優れていて田舎は劣っている」というのは一つの物差しにすぎません。上から目線がすぎます。「田舎なんかにずっといたら人間がダメになる!」くらいに言って寝た子を起こして劣等感をわざわざ植え付けないでほしいのです。

先日、都会から私の職場の病院にインタビュー調査に来た先輩の専門看護師と飲む機会がありました。先輩は病院見学とインタビューを終えて、「今日、地方病院は都市から5年も10年も遅れていることが分かったよ」と歯に衣着せぬ発言をしていました(汗)。だから何?人材も財政も患者数も患者層も都会とは全く違うんだから何の比較になるの?都会とまったく同じ質と量の医療を提供できないのは当たり前なのでは?それぞれの役割なのでは?と心の中でツッコミを入れました。

地方が嫌いで、地方に危機感を感じて抜け出したいなら別ですが、「自分の町を活性化したい」「好きな地元に貢献したい」「自然が好きでのんびり暮らしたい」という人までを「一度は東京に出たほうがいい」と都会の論理で無理やり説得し意欲をくじくのはいかがなものでしょう?

平均年収や教育水準は都会の方がはるかに高いですが、高度情報化社会で都会と地方の格差はなくなってきているという見方もあります。むしろ物価が安い地方でデジタルを大いに活用してビジネスする人、地方移住で第二の人生を過ごす人もいます。

都会の素晴らしさはわかりきったこと。同じように地方の素晴らしさや魅力ももっと発信して、多くの人にわかってもらう努力も必要です。誇りや愛をもっているならなおさら、魅力を発掘して来てもらえるような努力を惜しんではいけないと思います。アピール不足は地方の責任。

地方だからと言って卑屈になる必要など全くないんだから。