飛紅真の手紙

フェミニストで精神看護専門看護師ブロガー、自然、アート、社会問題を綴る。

芸能界の性暴力報道をめぐる「セカンドレイプ」が社会全体に与える深刻な影響

ダウンタウン松本人志氏による性暴力報道をめぐって、「ちょっと看過できないな」と思う私の考えを書き連ねておこうと思います。

 

1.セカンドレイプの背後にあるレイプ神話

こうした、女性に対する性暴力の報道をめぐって必ず出てくる意見が、

「リスクがあるのについて行った女性が悪い」

「何年も経ってから声を上げるなんておかしい」

「週刊誌じゃなく警察に行くべき」

「証拠がないから悪意のあるウソだろう」

「男性を陥れるハニートラップ(甘い罠)」

といった、女性側に一方的に責任を押し付けるもの。

こうした発言をする人の根底にあるのは、実は個人的な感情というよりも、文化に深く根付いている固定概念や、アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)であることが多いと私は考えます。

その一つが、「被害者側に責任がある」という「レイプ神話」。レイプ神話の悪いところは、全く根拠がない勝手な思い込みであり、「悪いことが起こるのは被害者に落ち度があるからだ」という公正明大、勧善懲悪を求めたがるというところ。

そして、もう一つが、男尊女卑や家父長制という女性蔑視。能力や社会的な価値は男性の方が高いと考え、「女性だから性的に扱われても仕方ない」「女性は男性の言うことをきくべき」と歴史的に考えられ繰り返されてきたのです。

 

2.ショックだった身近なセカンドレイプ発言

悲しいことに、同じ女性同士であっても女性蔑視やセルフスティグマ(自分自分に偏見をもつこと)から、「女性側に責任がある」と女性を責める意見はとても多いです。特に、年配層にその傾向が強いように感じます。

私は先日、この性暴力報道について50代女性管理職と話題にした際、非常にショックを受けました。TVでしか報道内容を知らないその女性管理職から「性加害っていうけど、一体何したの?」と聞かれたので週刊文春の記事概要を伝えると、

「8年前のことを何でいまさら蒸し返すの」

「ハニートラップだ!自分が芸能界で売れたいからでしょう」

「ついていくからには(性的なことも)覚悟の上なんでしょう」

「芸の肥やしっていうしね」

と出るわ出るわの、セカンドレイプ発言。

セカンドレイプ(二次被害)とは、意図的か無意識かに関わらず、性暴力被害に遭った人を再び傷つける言動のこと。

「あれ?私はいまミソジニー(女嫌い)の男性と話しているのかな?」と自分を耳を疑ったくらいです。私は面食らった末に、もう少し告発した女性側の背景を理解してもらいたいと思い、

・ジャニーズ問題に背中を押され8年後にやっと告発できたこと

・女性をアテンドした後輩芸人たちが、当日になって急に飲み会会場をホテルに変更したり携帯電話を没収するなど支配的だったこと

・後輩芸人から「(松本人志氏を拒否すると)この辺りを歩けなくなるよ」と脅され懐柔されたこと

・松本人志氏から“俺の子ども産めや“と避妊なしで性行為を強要されたこと

などを説明すると、「う~ん、そうなんだ~」と、だんだん女性管理職の批判的なトーンは下がっていきました。女の子の母親であり、看護師である彼女ですら、アンコンシャスバイアスに気づかず、セカンドレイプ発言がとっさに出てくる恐ろしい現実。

自分とは遠い存在の超有名人による性暴力報道に対してでさえこの発言ですから、より身近な人(自分の子どもや友人、部下、患者)から被害を打ち明けられたら・・・?残念でなりませんが、きっとこの女性管理職だけが特別ではないでしょう。

セカンドレイプは、親や友人などごく身近な人から受ける場合が最も多く、性暴力に対する無理解や偏見から生まれます。2023年から義務化された、義務教育での「いのちの安全教育」はもちろん不可欠ですが、まずは大人自身がグローバルスタンダードな正しい性の知識を身につけ、目に張り付いた何重もの鱗を引っぺがすべきだと思います。

 

3.ネット・SNS上での著名人によるセカンドレイプ発言

ネットやSNS上で影響力をもった著名人が、

「被害に遭ったら警察に行くべき」

「週刊誌報道じゃなく松本人志氏を信じます」

「証拠がないんだから真偽は怪しい」

とか発言しているのを見ると、警察に行くどころか二次被害を恐れて誰にも相談できない人が多く、警察に訴えても不起訴率80%の日本社会で、警察に行けと簡単にいうのはあまりにも横暴で無知すぎます。被害に遭ったのは自分が悪いと自分自身を責めトラウマに苦しんでいることなど想像できないのでしょう。被害に遭った人や多くの女性たちが置かれた立場を全く理解していないと腹立たしくなります。

8年前の出来事であろうが、証拠がなかろうが、女性側の同意がなければそれは性暴力です。

SNSで目にする著名人のセカンドレイプ発言によって、どれだけ多くの人たちが多大な影響を受けるだろう(特にSNSを頻繁に利用する若年層)と考えると大変恐ろしいです。社会のレイプ神話を助長し、そのセカンドレイプ発言に傷つき、被害に遭ったのに口を閉ざし、女性を黙らせる効果が十分にあるのですから。

一般市民がこのような心境でいるようでは、いつまで経っても性犯罪の検挙率は上がらないでしょう。

そして将来、子どもたちから多くの性暴力加害者が生まれ、被害者もまた生まれるでしょう。

著名人だけでなく、被害に遭った人にかけてほしい言葉の例は以下。すべての人が“被害に遭った人を傷つけたかもしれない““傷つけるかもしれない“という前提で、どうか言葉を間違わないでほしい。

 

4.女性の権利をただ尊重してほしいだけ

歴史的に女性はとことん奪われ続けてきました。古代から脈々と継承されてきた女性蔑視は、残念ながら現代になっても払拭できません。中東・東欧諸国やインド、ネパールなど深刻な女性蔑視によって多くの女性がレイプされて殺され、性的人身取引が社会問題になっている国もあります。

私はフェミニストを自称していますが、男性から何一つ奪うつもりなどありません。女性vs男性という構図は不毛なので望みません。女性側が男性側を敵視しても、それは単に立場の逆転、攻撃の連鎖でしかないからです。私のフェミニストとしてのスタンスは、女性が男性と同じように尊重される権利を主張しつづけることです。

女性に生まれたというだけで、性的対象にされることを強いられ、存在を軽視され、口を閉ざされることのない社会であってほしいです。女性を「信じる」「信じない」「正しい」「悪い」とジャッジするのではなく、女性がただいるだけで尊重され、安心して生きられる社会であることを願います。